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須坂藩は1万石という小さな藩主だったので、城を築くことなく、館というものを築いていました。そこを大名のいるお屋敷と位置づけていたんですね。個人的には、いくら小さくても城って言えば良いのにと思いますが、石高については何らか取り決めがあったんでしょうか。
そんな須坂館があったのが、ここ奥田神社です。

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狛犬が迎えてくれる境内

祀られているのは、初代藩主の堀直重と第十三代藩主の堀直虎。須坂は堀家の統治下にあったんですね。明治の版籍奉還で、館が不要となり廃館。今ではその面影もほとんど残っていません。

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唯一面影を残す石垣


須坂小学校の北側に石垣が残っています。これが当時の館の跡。こうして見るだけでもかなりの面積をほこっていたことは推測できます。

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時を知らせる鐘楼

当時、人々が時間を知るために2時間おきに鳴らしていた時の鐘だったそうです。今は、須坂市の指定有形文化財に指定されています。

元々はこのあたりに須坂の中心があったということで、町並み自体も少し変わっています。古い建物が残っていたり、城下町ならぬ館町だったことで、小さな路地もたくさん見られたり。
意識しなければただの神社ですが、そういった歴史的背景を感じながら足を踏み入れるとちょっとだけヒストリアな気分になれると思いますよ!



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