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須坂には旧越家住宅という登録有形文化財があります。いわゆる昔の家を保存しているような博物館なのですが、この越家というのが当時の資産家。越寿三郎という人が起こした山丸組の家なんです!

須坂の歴史を知る人ならば、この山丸組がいかにこのあたりの産業を築いたのか御存知だと思いますが、そうでなければなかなか…。山丸組は製糸業で須坂を急速に発展させ、製紙王と呼ばれるほどの企業だったんですよ!
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当時の連絡箱も残っています

今の須坂にたくさんの小道が残っているのも、この山丸組の名残だと言われています。あまりに産業が発展し人が訪れ、急激な発展を遂げたため道路計画が追いつかなかったそうです。
いまも越家には後継者として、越寿三郎さんのお孫さんがいるのですが、イタリアにアートの関係で行ってしまい、日本には戻らないとのことで市が買い取ったのがこの家です。

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ふすまから見える庭も立派です

すごく手がかけられた家なので、一つ一つに味わいがあります。見ていて飽きないなーと思っていたら、信州大学の建築学科で研究対象になっていたそうです。なるほど…専門的に見ても貴重な家なんですね。
基本的にボランティアで来ている方が、すごく丁寧に説明してくれるので助かりました。気さくなおばちゃんだったので、止めなければ丸一日話し込んでいたことでしょう。

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越寿三郎さんの絵

また、この越寿三郎さんは経済性だけでなく、働く人のために学校を作って教育させたり、運動会など積極的なレクリエーションを取り入れるそれはそれはステキな方だったそうです。皆で芝居見学にいったり、今で言う福利厚生的な部分を明治時代から取り入れていたんです。

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名刺までもらいました

当時の名刺が残っていたようで展示してあります。おばちゃんと仲良くなったので、貰えました。良かったです。
昭和初期に起こった世界大恐慌の影響で、残念ながら山丸組は倒産してしまいました。でも、明治~大正の須坂産業があったからこそ、今の須坂という町がブランド化できていると思います。

正直、観光としてはコアな場所になるかもしれませんが、是非とも訪れてみて、須坂の歴史を考えてみてください!



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